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2歳児にマスクを着用に思う。できる?できない!

taicoroパパ。現在、育休中。

妻と3人の子供(長男(4歳)/次男(2歳)/三男(1か月))と1LDKの団地住まい。

家事全般、上の2人の子どもの世話を中心に過ごしています。

 

オミクロン株が蔓延し、感染者が急増する中、2歳児のマスク着用についての話が話題になりました。

 

政府が作った提案(原案)では「2歳以上」にマスク着用の推奨が明記。

知事会も着用を要望。後藤厚生労働相も「2歳以上」のマスク着用を「前向きに進めるべき」と発言しました。

 

義務化になったら、困ったもんだ。

これが、2歳児の親としての率直な感想です。

2歳児はご存知の通り「魔の2歳児」とも呼ばれます。

(2歳児の親御さんお疲れ様です。)

 

結局のところ、反対が相次ぎ、2歳以上の「義務化」にはいたりませんでした。

分科会で「2歳児にマスクは難しい」 反対意見相次ぎ年齢削除 | 毎日新聞

 

しかし、為政者の多くは、
「2歳児マスクの着用を義務化」したかったのでしょう。彼らからすれば当然のことだったのではないでしょうか。

 

マスク着用について

「2歳児にマスクは無理(きちんと着用できない)」

「子どもの現実をしらない暴論だ」…

などなどの反対が多数寄せられたようです。

 

ひろゆき氏にいたっては

「2歳児がおとなしくマスクを着けられるという前提で話が進んでるのが不可解」さらに「政治家って、2歳児がおとなしくマスクを着用すると信じてる現実を知らない人しか居ないんですか?」と皮肉っています。

 

現実的に、多くの親にとっては、2歳児への着用は「大変だ」というところでしょうし、我が家でも激しい抵抗を受けることは間違いないのですが、

 

政治家や官僚、識者は、何も、ひろゆき氏が言うほど、現実を知らないわけではない。と私は思います。

 

大変な現実を知っていても、
「無理してでも着用させるのが、『親』でしょ!」ということを言っているのだと、私は解しました。

 

さらに踏み込んで言えば、それをするのが、「日本国民」だろ!とまで言いたいのかもしれません。

 

2歳児にマスクを「おとなしく」着用させられる。そういう「親-子」、「保育士(先生)-子」の関係であるべきだという前提に根ざしている。

 

そんなことが、この「マスク着用推奨」の発言に見られました。

 

いくら多くの親御さんが、「マスク無理なんです!!」、「現実的じゃない」と発信しようとも、政治家や識者のこのような発言の裏には、「しつけ」あるいは「国民の義務」の問題に還元しようとする思惑が無意識のうちに働いているんじゃないでしょうか。

 

・マスクをさせられないのは、親の問題。

・きちんとしたご家庭ならできるはず。

・私のまわりの2歳児は着用できる、家庭がしっかりしているからだ

・家庭がしっかりしている家の子は、おりこうさんだ。

・おりこうさんの2歳児なら、着用出来て当たり前。

・子どもはおりこうさんになるべきだ。

・私が2歳のときなら、きちんと着用できたであろう。(おりこうだったから)

・うちの子供が2歳なら、マスクの着用くらいさせられた(はず)。

・マスクをさせずにウィルスをまき散らすのは非国民である。

 

という思い込みと推論が暗黙のうちに働いているのかもしれないと思うのです。

 

事実、戦前の日本だったら、

ミャンマー北朝鮮であれば、可能でしょう。

子どもが親に服従する世界であれば、当たり前のことです。

もう少し表現を柔らかくし、子が親を敬う社会であれば、やっぱり当然の美徳として実施されたのでしょう。

 

けれど、今の日本はどんな社会を目指しているのでしょうか。

子どもを「おとなしく」何かをさせるようにすることに、問題はないのだろうか。

 

マスク着用によるリスクは以前から議論されていたはずだし、

だからこそ、これまで2歳児にマスクは着用をさせてこなかった。

 

にもかかわらず、

感染力は高いが、弱毒性のオミクロン株が蔓延する中、乳幼児へのマスク着用のリスクの議論よりも先に、安易に、着用推奨という形で、取入れらてしまうのは、高齢者中心の政治が行われているからではないでしょうか。

 

コロナから高齢者を守るためには、手っ取り早く、「子どもにマスクをさせればいいだろう」という短絡的な提案にすぐにたどり着いてしまった為政者の意識や価値観が問題だと思われます。

 

現実を知らない、前提を知らないのではない。そもそもの目指すべき前提が異なっていることに注意しなければならない。ここには科学的な話はないように思います。

 

真っ先に子どもたち、若者、未来のためにという志向は、超高齢社会の日本では失われつつあるようです。

 

超高齢社会を形成している、私たちの意識や価値観を変えるためには、今の高齢者等は違う人生、生き方をする必要があるでしょう。

 

そのために、育児に全面的にコミットすることは極めて重要なことにように思われます。

 

2歳時にマスクだけでなく、何かをさせるという経験をすることは、よりよい子育ての提言に役立つ…かもしれません。